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第六回 金ケ崎芸術大学校 城内農民芸術祭 後編

ずこうの日① プラモデルづくりに取り組む筆者
ずこうの日① プラモデルづくりに取り組む筆者

ずこうの日

 

城内農民芸術祭の2日目は「ずこうの日」と銘打って開催した。この記事でも何度か紹介してきた「ずこうの時間」の拡大版である。とは言え、芸術大学校の「ずこう」はおなじみの「図工」とは少し様子が異なる。それぞれが得意なことや興味のあることを持ち寄り、自由気ままに提供し合う時間として設定した。

 

初日の「お庭の時間」で講師を務めた学生は、本業(?)のプラモデルづくりで参加。筆者も、予め購入しておいた妖怪「キジムナー」[i]に取り組んだ。記憶を辿れば小学校以来のプラモデル。ニッパーでパーツをパチパチ切り分ける懐かしい感覚を思い出しながら、細かい造形にも目を見張る。

 

ずこうの日② 塗り箸の研ぎ出しワークショップに参加する受講者
ずこうの日② 塗り箸の研ぎ出しワークショップに参加する受講者

 

別の学生は専門に学ぶ漆芸の技術を活かして塗り箸の研ぎ出しワークショップを実施。赤漆や黒漆の箸を磨いていくと螺鈿や変わり塗りの模様が浮かび上がってくる仕組みである。

 

この他にも張り子、キャンドルから甘いたこやきに至るまで、素材も技法も多種多様。参加者も子どもから年配の方まで幅広く、色々な活動が同時多発的に展開されていた。このような混沌とした風景が芸術大学校の醍醐味でもある。

 

 

ずこうの日③ 完成した塗り箸
ずこうの日③ 完成した塗り箸
ずこうの日④ 張り子
ずこうの日④ 張り子

収穫の時間① 藍の花
収穫の時間① 藍の花

収穫の時間

 

家の中でずこうの日が続く一方、裏の畑では収穫祭が行われていた。5月に種を蒔き、水やり、草取りをしながら、9月には生葉で染色に取り組んだ「藍の時間」も今回で一区切り。畑には藍色からはイメージできないピンクの花が風に揺れていた。花を摘み、手で揉めば小さな黒い種がコロコロと出てくる。藍は一年草なので、来年も再びこの種を蒔いて一からのスタートである。

 

収穫を終えた畑では、土地の豊饒を願って「権現舞(ごんげんまい)」[ii]と「鹿踊り(ししおどり)」 [iii]を奉納した。いずれも金ケ崎町内に伝わる郷土芸能である。まずはお囃子の音色とともに現れる権現様。いわゆる獅子舞である。舞を終えたら一人ずつ頭を噛んでもらって邪気払い。続く鹿踊りでは、鹿頭を身に付けた踊り手が太鼓を叩きながら勇壮に舞う。背中から高く伸びたササラが秋の空にダイナミックに弧を描いていた。

 

権現舞も鹿踊りも、もはや「図工のあるまち」を超越した総合芸術である。獅子や鹿の頭や衣装の造形、囃子や太鼓の音、そして人ならざるものを彷彿とさせる所作。その一つひとつが相まって日常に立ち上がる束の間の特別な空間を演出する。祭りの本質を垣間見た。

収穫の時間② 藍の種
収穫の時間② 藍の種

芸能の時間① 権現舞①
芸能の時間① 権現舞①
芸能の時間② 権現舞②
芸能の時間② 権現舞②

芸能の時間③ 鹿踊り①
芸能の時間③ 鹿踊り①
芸能の時間④ 鹿踊り②
芸能の時間④ 鹿踊り②

昔ばなしの時間
昔ばなしの時間

祭りのあとに

 

11月2日の中休みを挟んだ最終日は「昔ばなしの時間」から始まった。これは岩手県内を中心に活動を行う語り部によるおなじみの開校日であり、ほぼ毎月開催されている。これもまた暮らしの中で育まれてきた生活文化の一部である。岩手の方言で語られるお話に耳を傾ける贅沢な時間を過ごす。

 

 日が傾いてきたらたき火の準備。閉幕行事「どんどこ焼き芋まつり」のはじまりである。城内農民芸術祭の出展作家、矢口克信さんによる野外展示《風と俗》で用いられた注連縄をお炊き上げしながら、その火で芋を焼く段取りだ。サツマイモは大学校の畑で収穫したものを地産地消。近所の子どもたちも集まってきて火の番をお手伝い。焼き上がる頃にはすっかり日も暮れてきた。寒空の下、みんなで焼き芋を頬張りながら今年の農民芸術祭は幕を閉じた。

 

 

 

どんどこ焼き芋まつり①
どんどこ焼き芋まつり①
どんどこ焼き芋まつり③
どんどこ焼き芋まつり③
どんどこ焼き芋まつり②
どんどこ焼き芋まつり②

 

 城内農民芸術祭は「芸術祭」を謳いながらも、大規模で非日常的なフェスティバルとして企画されたものではない。むしろ、日常が少しだけ拡張する場となることを目指してきた。その意味でも、やはり「芸術祭」ではなく「農民芸術祭」なのである。読者の皆さんも、身近な場所を顧みながら「生活の芸術化」を探してみてはいかがだろうか。

 

 

 気まぐれ読書案内

 

宮沢賢治『鹿踊りのはじまり』

 

1924年に出版された童話集『注文の多い料理店』にも収録されているお話。一連の物語は秋風による語りの伝聞として展開されていきます。木から落ちて足を痛めた嘉十は、湯治に向かう道中で鹿たちが輪になって踊る様子を目撃します。次第に鹿の言葉を理解できるようになり、すすきのかげからそっと耳を傾けます。どうやら自分が落とした白い手ぬぐいをめぐってやりとりをしているようです。コミカルな会話文はいずれも方言で書かれており、岩手らしさを存分に味わうことができます。実際に鹿踊りに触れた後に読むと現実と幻想がオーバーラップしてくることでしょう。

 第三回<金ヶ崎芸術大学校>第五回          

 


[i] 沖縄県に伝承される精霊あるいは妖怪。ガジュマルの古木に宿るとされ、赤い子どもの姿をしているとされる。今回、筆者が取り組んだプラモデルは、水木しげるがユーモラスな丸い姿として描いたイメージをもとにしたものである。

[ii] 岩手県内の各地には、その地域に縁の深い神霊を獅子頭に降ろす儀式を行い、「権現様」として根強く信仰している地域が多い。古来この「権現様」を奉じて修験山伏により神楽が舞われた。(『金ケ崎芸術大学校記録帖』2020年、p.68を参照)

[iii] 岩手県内の各地に伝承される郷土芸能。本来は、お盆や秋祭りの際に、念仏供養、五穀豊穣、悪霊退散などの祈りを込めて、神社の境内や民家の庭先で舞われた。現在では、観光客に向けて舞台上で披露されることも多い。