4年目の転換点
今年で4回目となる「小学生ウィーク」。初回の2021年はコロナ禍真っ只中での開催。せっかくの夏休みにもかかわらず、遠くに出かけることもままならない地元の子どもたちに向けて、身近な場所でいつもとは少し違う日常を過ごしてもらうことが当初の目的であった。現在では、すっかり夏の恒例行事となり、多くのリピーターにも恵まれている。
一方で、そこに関わる人々は少しずつ変化してきた。今回は、ジオラマ製作でおなじみワカツキモケイの若月さん、筆者が勤務する群馬大学の学生に加え、遠路はるばる京都の大学生や、茨城からも高校生が訪れ、活動を支えてくれた。
プログラムの面でも、油絵や建築、植物研究など、新たなジャンルにも着手し、次なるフェーズに向けて進みつつある。今回から次回にかけて、一週間におよぶ大学校の暑い夏休みをレポートする。
はじめての油絵
初日は「油絵に挑戦してみよう」からスタート。大学校では、これまでも絵に表す活動に取り組んだことはあったものの、油絵は初めての試み。絵画教室でアルバイトをしている群馬大学の学生が講師を担当し、3日間にわたる開校日となる。昨年度の暑すぎた夏の反省も踏まえ、活動時間は午前中に設定。小学校ではなかなか体験する機会がないこともあり、朝早くにもかかわらず、遠方からも参加申し込みがあった。
まずは、油絵の特徴について簡単にレクチャー。ほとんどの参加者は学校で水彩絵の具の使い方を学習済みだったため、おなじみの材料と比較しながら画材の性質を伝えていく。水ではなく油で溶くことや、重ね塗りをしたり盛り上げたりできることなど。とは言え、実際に使ってみないと分からないことも多い。
そこでさっそく製作に入るわけだが、それに先立ってそれぞれが絵をかく場所を決めていく。もちろん、モチーフを限定せずに自由にかいてもいいのだが、企画者サイドからは侍住宅の建物や庭園を観察しながら「風景」をかいてみることを提案した。山本鼎の「自由画」に倣いつつ、それぞれの視点に基づく写生を念頭に置いた実践である。子どもたちは、家の中と外を行き来しながら、それぞれにとって「かきたくなる場所」を探していた。
庭木に咲いている花を見て「これをかきたい」と伝えてくる参加者も。本当は外でかきたいところだが、夏の暑い日差しが心配。と言うことで、ちょうど植物調査に向けて剪定鋏があったため、枝を切り取り、花瓶に生けて静物モチーフに。おおよそ対象が決まったら、大小様々なキャンバスから選び、イーゼルに立てかけて準備完了。
ここで再び、油絵の具の使い方についてデモンストレーション。画材と格闘しながら独自の使い方を探っていくことも大事だが、ひとまず定石通りの方法を伝授。水彩絵の具で風景をかく際には、鉛筆で下書きをすることも少なくない。その結果として、時に輪郭の中を色で埋めていく塗り絵のようになってしまうこともある。油絵の場合、重ね塗りができるため、鉛筆で下書きはせずに薄く溶いたイエローオーカーなどで下塗りをすることが多い。
ある程度技法を伝えたら、あとは子どもたちにお任せ。さっそく絵の具でかきはじめたり、いつものように下書きをしたり、それぞれのペースで進めていく。縁側で庭園を眺めながらイーゼルに向かう様子はなかなかに絵になる光景だ。
改めて「自由」を問う
2日目にもなると画材の扱いにもだいぶ慣れてきたようで、昨日の下塗りが乾いた上から絵の具を重ねつつ色鮮やかなイメージがあらわれてきた。ペインティングナイフを駆使して厚く盛り上げていく技法を獲得した参加者も。油絵らしい作品が仕上がりそうだ。
水彩絵の具を使って画用紙にかく場合、何度も色を重ねていると、下に塗った色と混ざって明度や彩度が落ちたり、紙が破れたりすることがある。これに対して、キャンバスに油絵の具でかく場合、支持体が破れる心配もなく、画面の上でいろいろな実験を試すことができる。この特徴を体感すると、次第に大胆に表現できるようになっていくようだ。
一枚の作品にじっくり取り組む参加者や、場所を変えて二枚目以降に取り組む参加者など、思い思いに図工の時間を過ごしていた。玄関先でかいたり、畳に寝転がったり、「やっぱり外でかきたい」ということで庭にイーゼルを出したり、古民家を拠点とする大学校の環境を生かしながら、それぞれの場所を見出していく。こうした一人ひとりのふるまいが、あるいは本当の「自由画」なのかもしれないとも思った。
さらに、油絵の枠組みを超えて、夏休みの宿題の水彩画に取り組んだり、キャンバスにペンで絵をかいたり、庭園では昆虫を採集したり……大学生や高校生が見守り寄り添いながら、それぞれの時間が重なり合っていく。
ポスターの構想を練る
初めての企画と並行して、2日目の夕方には「版画でポスターをつくろう」も始まった。今年で三回目となるこのワークショップでは、秋に開催される「城内農民芸術祭」に向けた広報物のメインビジュアルを紙版画(コラグラフ)の技法で製作していく。講師を務めるのは、版画家の城山萌々さんとグラフィックデザイナーの石井一十三さん。
そもそも「城内農民芸術祭」とは、岩手出身の宮沢賢治が示した「農民芸術」の理念に照らし合わせながら展開されるアートプロジェクトである (「城内農民芸術祭」について詳しくは→[i]。ちなみに、この本の序文は「わたくしといふ現象は/仮定された有機交流電燈の/ひとつの青い照明です」という印象的なフレーズから始まる。果たして、「わたくし」とは何(誰)なのだろうか。この根源的な問いについて考えるために、今年の「城内農民芸術祭」のテーマはここから援用することにした。
ポスターの構想を練るにあたっては、予め『春と修羅』からいくつかのフレーズをカードに書き出し、そこからイメージを膨らませるという方法を取った。例えば、「電線のオルゴール」「ぶりき細工のとんぼ」「鳥の小学校」「夜風太郎」といった具合である。どことなく、《放課後の学校クラブ》 で行う「夢の学校くじ引き」から生まれるアイディアを彷彿とさせる(《放課後の学校クラブ》「夢の学校くじ引き」について詳しくは→第十回 放課後の学校クラブ 第2回 久しぶりの新入部員)。
小学生の参加者が選んだのは「すてきな化石」「青い孔雀のはね」「月はいきなり二つになり」という3つの言葉。いずれも想像力を刺激する視覚的なフレーズである。まずは自由に下がきをして、それをもとに紙やいろいろな素材を切り貼りしながら版をつくっていく。例えば、二つに割れた月はエアキャップを使って表現していた。これらがクレーターのような効果を発揮するかは刷ってからのお楽しみ。
時間が経つにつれ小学生チームの集中力も途切れて、お休みモード。大学校の中に併設されている駄菓子屋でだがしを買ったり、びんラムネを飲んだり、外に出て昆虫を採集したり、小学生らしい夏休みを過ごしていた。小学生がいなくなった座敷では、引き続き大学生と高校生が話し合いながら版づくりに向けた構想を練っていた。
ちなみに、版画でポスターづくりに取り組んでいた小学3年生の二人組は、そのまま「おとまりの時間」にも参加。果たして、版は完成するのだろうか。長い夜は続く。
気まぐれ読書案内
農民美術・児童自由画100周年記念事業実行委員会(編集発行)『農民美術・児童自由画100年展』2020年
2019年から2020年にかけて上田市立美術館で開催された同名展覧会の図録。1919年に長野県神川村(現在の上田市)において山本鼎が興した「児童自由画教育運動」と「農民美術運動」の100年間がまとめられています。自由画教育では、「臨画」を中心とする従来の図画教育に対して、「写生」が重視されました。同書に収められた自由学園資料室の村上民による論考「裸眼の人 山本鼎と少女たち」でも、自由画教育の本質をなす「見る事のよろこび」について触れられています。
[i] 宮沢賢治の『春と修羅』が刊行された1924年を出発点として、その序文の言葉を手掛かりとしながら、「1924年-大正13年」「昭和モダン街」「かつて、ここで」「20世紀の旅」「時空の旅」という5つのセクションから展覧会が構成された。
お問い合わせ先
金ケ崎芸術大学校
〒029-4503 岩手県胆沢郡金ケ崎町西根表小路9-2
電話:080-7225-1926(担当:市川)
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