わたくしという現象
長い暑い夏もようやく終わり、束の間の秋へ。毎年恒例の「城内農民芸術祭」の季節がやってきた。宮沢賢治の「農民芸術」の考え方をベースに展開してきたこのアートプロジェクトも6回目を迎え、その時々に形を変えながら現在に至る。2024年は、宮沢賢治が生前に刊行した唯一の詩集である『春と修羅』の刊行百周年でもあるため、その冒頭部より「わたくしという現象」を全体テーマとして援用することとした。
この構想を具現化していくために、今回も多くのアーティストの協力を得た。「城内農民芸術祭」は、従来の「地域芸術祭」の手法を踏襲しつつ、「農民芸術祭」としての新たな仕組みを構築することを目指している。必ずしも作品を非日常的なものとして展示するのではなく、生活の中に自然と芸術がある状況を創出する一つの試みである。
そのような中にあって、アーティストが提示する新たな見方は、これまでも金ケ崎の重要伝統的建造物群保存地区の可能性を切り開いてきた。あるいはその一つひとつが「わたくしという現象」なのかもしれない。例えば、2020年より継続してご参加いただいている村山修二郎さんは、生け垣が連続する景観に呼応するように、庭園全体を用いたインスタレーションを展開。2回目の参加となる占部史人さんには、昨年度に引き続き地元の「かみしも結いの会」の皆さんとのワークショップを実施していただいた。まずは、占部さんのワークショップの様子から祭りの準備をふりかえる。
わたくしの居場所
ちなみに、昨年度の全体テーマは「家の記憶を手繰るために」であった。このテーマに照らし合わせながら、占部さんは「マイ・スヰートホーム・ストーリー」と題したワークショップを実施した(金ケ崎芸術大学校 第十六回 「マイ・スヰートホーム・ストーリー」)。その際、「もっとこんなことをしてみたい」という参加者の声を踏まえ、今回はその対象をまちに拡張していくことにした。
当日は、「かみしも結いの会」の皆さんをはじめご近所さんが6名、占部さんが勤務する静岡大学の学生1名、そして今年の農民芸術祭の参加作家である阿部穂香さんにもご参加いただいた。まずは、昨年度につくった家を並べて鑑賞。「かみしも結いの会」は、地元の商店街の皆さんを中心に組織された団体であるため、にぎやかだったころの様子を語りながら小さなまちづくりの構想を練っていく。
継続してご参加いただいている方は、前回の作品をパワーアップさせたり、新たに別の建物をつくったり。とある参加者は、記憶の中にある大きな水車小屋を製作していた。空き箱を組み合わせて躯体をつくり、占部さんに手伝ってもらいながら水車部分も丁寧に工作。アクリル絵の具で着彩し、存在感のある作品が完成した。また別の参加者は、昨年度に製作した茅葺きの家に加えて、少し小さめの茅葺き小屋をつくることに。この地域の伝統的建造物は、主屋と馬屋と厠の3棟が並ぶ「三つ屋形式」を特徴とする。これをもとにかつての様子を再現するために2軒目に着手した。紙を細切れにして茅葺きを表現するなど、細かい工夫が見られた。
▲水車小屋をつくる(上) 茅葺小屋をつくる(下)
初めて参加された方は、家の近くにある神社小さなお社をモチーフにすることになった。ここでは、かつて「ドンドコさん」と呼ばれた民間宗教者が占いなどを行っていたらしい。太鼓をドンドコとたたく音からこのように呼ばれていたという。妖怪研究に取り組む筆者としては、このエピソードに興味津々。それぞれの記憶の中にある「わたくし」たちのまちが少しずつ賑わいを見せてきた。
▲神社をつくる
祭りの準備
「城内農民芸術祭2024」の開幕は10月19日。これに先立ち、アーティストが方々から金ケ崎に集まり、現地での展示作業を進めていった。少しずつ人が増えていくプロセスはまさに祭りに向かう盛り上がりを実感させる。
17日の午前中には、秋田から村山さんがご到着。拠点となる「旧菅原家(旧狩野家)住宅」の庭園での公開制作が始まった。古布を用いたインスタレーションに向けて、竹で枠組みをつくっていく。庭先で作業をしていると、下校途中の小学生から「何をやっているの」と声をかけられる場面も。こうした自然なやり取りに、生活と芸術が地続きとなる状況を垣間見た。
17日の午後には、初出展となる阿部穂香さんもご到着。東京藝術大学の大学院生でもある阿部さんは、おばあさんのルーツが金ケ崎町の六原地区にあることから、岩手県内でリサーチを進めている。その過程で金ケ崎芸術大学校にコンタクトをいただいたことから今回の参加につながった。おばあさんが幼少期に歩いて向かった「カキノシタ」という場所を巡り、家族の歴史も紐解きながら、旧菅原家(旧狩野家)侍住宅の一室をまるまる使ったアーカイブ型の展示となる。
18日には版画家の城山萌々さんも山形から金ケ崎へ。「小学生ウィーク」の講師も担当する城山さんは、2022年から数えて3回目の出展となる。昨年度に引き続き、和洋食道エクリュさんの床の間をお借りしての床飾り。ご自身も宮沢賢治作品に少なからぬ影響を受けていると語る本作は、『春と修羅』から「それが虚無ならば虚無自身がこのとほり」というフレーズをもとに構想された。リトグラフの技法によってつくられたイメージが床の間に不思議な浮遊感を生み出す。
そして、19日の早朝には占部さんが静岡から遠路はるばるご到着。昨年度、主たる会場としていた土合丁・旧大沼家侍住宅は茅の葺き替え中のため、今年は旧坂本家侍住宅にて展示を行う。先日のワークショップで「かみしも結いの会」の皆さんと一緒につくった作品を板間に並べて小さなまちを再現。そのとなりのケースには占部さんがつくった積み木のような小さな家、床の間には未来の家をイメージした作品が展示された。
開幕行事
10月19日、「城内農民芸術祭2024」も無事に開幕。初日には、ダンサーの池宮中夫さんをお招きし、開幕行事として演芸を奉納することに。これまでも出展作家の村山さんとコラボレーションを行った機会もあり、今回は旧菅原家(旧狩野家)侍住宅の庭園を舞台にその場限りのパフォーマンスを披露。前日のうちに会場を下見しつつ、庭先の落ち葉などを用いてサイト・スペシフィックな衣装も準備していた。
午後1時。大学校で定期的に「書を楽しむ会」を担当する佐竹松濤さんによる書道パフォーマンスとともに開幕行事のスタート。座敷に大きな紙を広げて、「大地麗」と揮毫していただいた。かつて彫刻家の高村光太郎もしたためた言葉である。続いて、同じく大学校でしばしば昔話の語り部をしていただいている武田洋子さんによる『春と修羅』の朗読。いつも通りの大学校の時間が流れたら、幕間をはさんで舞台を外に転換。
今回、池宮さんには全体テーマに呼応して「賢治と云フわたくし」という題目を提案していただいた。庭園各所には《風と砦》と銘打って村山さんの作品も配されている。小雨の降る中、下校途中に展示作業を眺めていた近所の小学生をはじめ、20名ほどの観客も集まった。まずは音もなく現れた池宮さん、会場を縦横無尽に移動しながらの上演が始まる。
途中、CDラジカセで音楽を流すと、見慣れた風景が一気に違って見えてきた。植え込みの上を転がったり、村山さんの作品に身をくるんだり、生け垣に身を委ねたり……少しひやっとする場面もあったが、これもまた「わたくし」と「わたくし」のぶつかり合い。そのまま庭を出て表小路へ。そこには予め村山さんが長い布を地面にわたらせていた。それを辿りながら、公園の向こう側に消えていき、刺激的な時間も終演。
▲池宮さんのパフォーマンス
余韻に浸りながら、午後3時よりそぞろみ式アーティストトークへ出発。出展作家と一緒に伝建群をそぞろ歩きながら、各会場にて作品とじっくり向き合った。建築マニアの高校生も同行し、建物のおすすめポイントも伝授。めいめい個性の優れる方面における表現が重なり合い、楽しく豊かな時間となった。
インフォメーション
城内農民芸術祭2024閉幕行事「新春準備祭」
会期最終日には、毎月恒例の「図工の日」の拡大版を行います。
出展作家によるワークショップなどを行いますので、作品鑑賞とあわせてお楽しみください。
日時 2024年12月8日(日)11時~14時
会場 旧菅原家(旧狩野家)侍住宅
内容 城山萌々「版画で年賀状をつくろう」 及川和善「折り紙で縁起物をつくろう」
切貼民話師ゆーだい「十二支コラー獣をつくろう」 松濤書道研究所「歳末書き納め大会」 ほか
お問い合わせ先
金ケ崎芸術大学校
〒029-4503 岩手県胆沢郡金ケ崎町西根表小路9-2
電話:080-7225-1926(担当:市川)
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