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Phase041:野山としてのデジタルの中を駆け回る/東京都「くりらぼベース」から感じたこと

 先日、東京都が運営する「とうきょうこどもクリエイティブラボ くりらぼ」の「くりらぼベース」のオープニングセレモニーにお伺いしてきました。

「くりらぼ」は、「デジタルツールを使って、作りたいものを自ら考え、仲間と共に作り、遊びながら試行錯誤するデジタル創作体験は、子供たちの創造力を育む」というミッションのもと、各地で様々なデジタルワークショップを精力的に展開されています。「くりらぼベース」は、その活動の拠点となる常設スペースで、有楽町にあるSusHi Tech Squareの1Fにあります。

 

 本稿では、セレモニーの報告ではなく(写真を撮るのをすっかり忘れていたし)、そこで私が感じて考えたことをまとめておきたいと思います。

 

 

「気づいたら入っちゃってた」感

 

どこからどこまでがくりらぼか、わかります?
どこからどこまでがくりらぼか、わかります?

 くりらぼベースは、元・無印良品有楽町店のあの巨大な(!)建物の跡地でスタートしたSusHi Tech Squareという東京都の複合施設の中にある、3Dプリンターやレーザーカッターといった工作機器や、タブレットやロボットなどのプログラミング学習ツールを、子どもたちが放課後や週末などに気軽に体験することができるスペースです。

 

 これまで、複合施設の中にある同様の施設は、壁でしっかりと区切られていたり、建物の中の壁側にあったりすることが多かったように思います(たぶんいろんな理由があるからだと思いますが)。

 ところが、くりらぼベースは、壁などの仕切りは一切なく、あの大きな空間の中で建物の中心に位置していることに、まず私は驚きました。

当日私は、JR有楽町の駅を出て、建物の大通り側ならどこからでも入れるような広いガラス張りの入り口からSusHi Tech Squareに入りました。

 

 入り口すぐにある、人々がゆるーくくつろいでいるフリースペースを通りすぎ、「くりらぼベースどこかなあ」なんて思ってキョロキョロしていた時にはもう、私は、そのくりらぼベースに入ってしまっていたんです。

 本当は人見知り(自称)の私は、不惑の40代を迎えた今でも、初めての場所はだいたい緊張します。

 当日も、道中、電車に乗っている時から「きっと、シャキっとした受付の人がいたりして、入る前からチラチラこっちの様子を伺われたりするんだろうなあ」とか、「ああ、あそこがそのスペースかあ、よし、ドキドキだけど入ってみるか」というような「えいやっ!」と気合を入れて扉を開ける感じを想像していたのですが、これはもう完全に肩透かし状態。

 ドキドキ構えていた私を嘲笑うかのような「あれ?ここ、もうくりらぼだったの?」というような、この感じ。

 広く都民全員に門戸を開く、とはこういうことか!と感じました。そもそも、門戸も壁も無いし。敷居の「し」の字もありません。

 

 プログラミングのワークショップに携わると、たとえば「女子の体験人数が少ない」とか、「子どもの体験機会が、保護者の方のデジタル苦手意識に影響されやすい」といったような課題が付きまとうと思います。

 私の本務である板橋の科学館でも、プログラミングワークショップの企画や、場のデザイン、指導者の所作や言葉選びにおいては、常にこれらのことを意識していたりします。

 その意味では、デジタルっぽいものに興味がある人だけではなく、たとえば別の用事で来た人もスルッと受け入れてしまうようなくりらぼベースのこの環境は、あたらしい世界との出合いとしてのデジタル創作の初体験を、不要な先入観を排除して、極めて自然な体験として捉えさせてくれると感じました。

 

 

「まわりがチラチラ気になる」感

 

 SusHi Tech Squareの1Fはとても広いので、くりらぼベースの周りを囲うようにして、ほかにも様々なエリアがあります。

 

 オープニングセレモニーの当日も、メディアアート系の展覧会や、都内の様々な自然を擬似体験させてくれるデジタル技術の展示、東京オリンピック関連の展示など、様々催されていました。

 私は、くりらぼベースが、これら他のエリアとゆるやかに溶け合っているように存在していたことにとても深く興味をもちました。

 今回のセレモニーには、関係団体が実施するものづくりWSに参加するため、子どもたちもたくさん来場していたのですが、周りでやってるいくりらぼとは全く別の企画である展覧会(いわば、子ども用ではない、大人の本気の企画)が、子どもたちの視界の端っこのほうに入って、意識の中でほんの微量、体験として溶け合ってたように感じられたからです。

たとえば……。

●レゴspikeで車をつくるWSに参加していた男の子

 自分の車を走行コースに持って行こうとして席を立った時に、その向こう側で行われていメディアアート展の極彩色な特大映像が偶然目に入ったようで、見惚れて一瞬体の動きが止まっていました。

 

●別のWSで、Scratchで猫と魚の当たり判定のコードを書くのに苦労して、いかにも辛そうな顔になっていた女の子

 休憩時間に、周りで待っていた保護者の方からの「あっちでやってる東京の自然がわかるゲームおもしろいよ!」という声掛けで、親子で一緒に多摩川の中に潜る 体験をしてから、満面の笑みで戻ってきました。

 

●3Dプリンターのプリントアウトを無言で長い時間待っていた親子

僕は「東京オリンピックの野老先生(ムサビ時代の先生でした)デザインのサステナブルな3Dプリンター製表彰台を触りに行けばいいのに!」とヤキモキして、我慢できずに「あっちに3Dプリンター使ったすごいやつがあるから見にいこうよ!」声をかけて一緒に見に行ったら「すげー!!!次はこうやってつくってみたい!!骨組みは木だから頑丈なんだ!!そうか、全部同じ素材じゃなくて、素材を組み合わせればいいんだ!!」と感動していました。

 

 これらの、自己と他者(しかもプロの本気)の作品の往還的な体験によって得られる情報は、単体として「デジタル学習に触れるだけ」の環境で得られるものとは比べ物にならないほどの解像度で、子どもたちに「自分の身の回り」や「自分の未来」と直結しながら浸透していくのだろうな、と感じました。

 

 

自分から、外の世界とつながりたくなる

 

 今後、ここに繰り返し来る子たちの視野は、くりらぼベースのまわりの展示にもどんどん広がり、そこで得たものをくりらぼベースで試し、また外に出て行き...ということをし始めるんだろうな、と容易に想像ができました。

 ちなみに建物の2階は、本気でイノベーションを起こそうとしている大人たちが集まるコワーキングスペースのようなものなのですが、もしかするとそこに来る大人に話しかける子どももでてくるかもしれません。

 そうして、くりらぼベースの外に向いた子どもたちの意識は、やがてSusHi Tech Squareの建物を飛び出し、自分の家の中や生活、そして日本や世界や宇宙にまで視野を広げ、体はまたくりらぼベースに戻って来るのかなと、会場の子どもたちを見ていて妄想してしまいました。

 

 

 私は常々、「自分にしか見つけられない工夫や探究のきっかけとしての「0」を、身の回りから見つけられるようになるための教育」の必要に迫られるであろうと感じています。

 その意味で、SusHi Tech Squareという都会のど真ん中の大きな空間の、それぞれに珠玉の展示エリアの狭間で、実際に手を動かしながら子どもたちが思い思いに過ごすことができるこの場は、なんて理想的なんだろうと思いました。そして、会場の子どもたちが、どこか自然としてのデジタル、野山としてのデジタルの中を駆け回って自由に遊び回る子どもたちのようにも見えました。

 

 

新しく誕生したこのデジタルクリエイティブ拠点に、子どもたちが今後どのような反応を示していくのか、今からとても楽しみです。

有楽町駅から徒歩1分(早歩きで)の好立地にありますので、ぜひ皆さんも訪れてみてはいかがでしょうか。

 

★板橋区立教育科学館の取組みは、板橋区立教育科学館のサイトhttps://www.itbs-sem.jp/でご確認いただけます。

 

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Author:清水輝大(しみずてるひろ)
1983年、北海道生まれ。
板橋区立教育科学館館長、ラーニングデザインファームUSOMUSO代表、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所教育共創ラボ研究員。
青森県立美術館、はこだてみらい館、八戸ポータルミュージアムはっち、ソニー・グローバルエデュケーションなどを経て、現職。
図工美術教育の手法を援用し、創造的なSTEAM教育、プログラミング教育、探究学習などの実践研究を行う。