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Phase043:育てたいのは「アイディアを出して」「実現する力」

 最近ありがたいことに、このブログをご覧いただいて、先生方や、児童館や科学館、美術館や自治体の担当者の方など、さまざまな立場の方から「プログラミング教育をはじめたい(はじめなければならない)」のだけれど、使用するキットはどのように選べばいいのでしょう?」という質問をよくいただくことが多くなりました。「意外と(笑?)読んでくださってるんだなあ」と喜びつつ、身が引き締まる思いにもなります。

 こんなご相談を受けた時、私は必ず「目的」と「対象年齢」をまず伺うのですが、意外と、そこが明確にならないままご相談いただいていることが多かったりもします。なので今回は、私が勤務している板橋区立教育科学館ではそのあたりをどう考えているのか、ご紹介できればと思います。

 

 

「プログラミング教育」≠「コードを書く体験」

 

 あらためて、まずはここから。ご来館される保護者の方と話していると、結構な割合で

「プログラミング教育」=「コードを書く体験(コーディング)」 

と理解されている方が多いように思います。

 

 しかし、当館で実施しているワークショップにおいて、コーディングはプログラミング教育全体の中の一部分にすぎず、むしろ、占める割合はかなり小さかったりします。その代わりに大きく占めているのは、「発想」と「よりよいものにするための設計の工夫」。

 なぜこのような構成にしているのかというと、当館のワークショップの目的が、この記事のタイトルの通り、「アイディアを出して」「実現する力」を楽しんで獲得することにあるからです。ワークショップを通して、

 「千本ノックのようにひたすら自由に発想しまくって発想に対する自信をつけ、プログラミングという今っぽい手段や思考に慣れ親しみつつ、よりよい形にするにはどうしたらいいのかひたすら考え続ける、圧倒的に楽しい反復練習の場」

を提供しているつもりです(長いですね)。つまり私たちは

 「プログラミング教育」=「発想する」×「コーディング」×「設計する」

と捉えています。

 

 

さらに深めるために

 

 全体に対するそれぞれが占める割合は、都度のワークショップの目的や対象者の発達の段階によってバランスを調整しています。たとえば、小学生が多く来館する当館では「発想する」に重きを置くことが多いです。

 

 「発想する」をより深めるためには、「身の回りや、事象をよくみる」ということを丁寧に体験化しなくてはいけないし、他者と積極的にコミュニケーションをとって影響しあえるといいし。しかも、ワークショップ全体がきちんと子どもたちが本心から「楽しい」と納得しながら展開されるべきだし……。などと優先順位をつけて考えていったうえで、ワークショップの時間内で収まるように内容を検討しています。

 

 また、「設計する」を深めるためには、自分が作るものを現実に成立させるために、問題や課題を発見し、それらに対し、いかに試行錯誤ができる「環境」になっているかを検討します。この試行錯誤のなかには、例えば堅牢さや重心、可動域など、細かい無数のポイントが散らばっていて、これらを解決するための手段のきっかけは、普段の生活での景観にある場合もあるし、ここでの経験自体が、次の問題に対する解決のための実体験になる場合もあります。さらには、この試行錯誤の深まりがきっかけとなって、普段の何気ない生活の中での視点がより具体化する場合も多くあります。

「スマート秘密基地」の場面
「スマート秘密基地」の場面

 

 

当館でMESHとKOOVを使用する理由

 

 さて、プログラミング講座や授業を計画する際、まずはざっくり2つの選択肢があるのではないかと思います。

①ScratchやProcessing、マイクラなどをつかってゲームやビジュアルを制作する「PCがあれば完結するパターン」

②LEGO SPIKEやmBot、マタタラボなどをつかって「リアルな物体を制作したり、動きを制御したりするパターン」

です。

 

 当館では先述の通り、コーディングの他に「発想」や「設計」も重視します。また来館者の多くを占める小学生の子どもたちを想定すると、身の回りのリアルな体験の記憶と紐づいた方がより広い視野での自由な発想と設計ができると考え、レギュラーで開催する枠としては後者を選択しました。当館で開催しているのは連続講座ではなく1回完結型なので、プログラミング学習への入り口になる側面もあり、物体が実際に動いている方がとっつきやすいから、ということもあります。

 

 ということで、様々なプロダクトを検証し、現在当館ではMESHとKOOVという2種類の製品を使用していますので、参考までに選択した理由のいくつかを下記に列挙します。


【MESH】

・高性能なセンサーを直感的に操作でき、たとえば生活素材などで作った工作にセロテープで貼り付けたり、家のドアや壁に貼り付けてスマート化できる。

・拡張性に優れていて、身の回りの電子機器に接続したり、LINEなどの外部サービスと連携することもできる。

・MESH独自に開発されているプログラミングの言語が、「こうしたら(input)」「こうなる(output)」を、イメージしたままに紐で繋げばOKで、超直感的に制御ができるので、子どもたちは、プログラミングの基礎的な構造をほとんど説明なしに瞬間で理解できる。

ウニだって光ります
ウニだって光ります


【KOOV】

・他であまりみたことがない半透明でカラフルなブロックに、モーターやセンサーなどの電子パーツを組み合わせて、KOOVのセットだけで多彩なロボット作品を制作できる。

・こちらもプログラミング言語やアプリが大変美しく、直感的に操作できるように設計されているが、MESHと異なるのは、Scratchに似たしくみになっていて、かつ、必要な時にPython(アプリ開発やAI開発など幅ひろく使用されている言語)に近いテキスト言語に自動変換してくれる。

・アプリ内で世界中の利用者が自分の作品を公開していて、安全な環境で交流ができる。

 

自分をロボット化
自分をロボット化


「3匹目のこぶたの最強の家を作る」の場面
「3匹目のこぶたの最強の家を作る」の場面

 画面の中だけで完結しないこれらの特徴を通じて、学習者には、プログラミングの世界だけでなく、常に自分の生きる世界に広く視野や意識をもって創作してほしいと我々は願っています。 

 

 プログラミング講座なんだからゲームを作らなきゃ、とか、ロボット作らなきゃ、といった、「プログラミングっぽい枠組み」の中に意識を追いやるのではなく、登下校中や自宅、遊んでいる時の記憶などといった広くリアルな実体験をきっかけにすることで多彩な発想を体験してほしい。専用のパーツだけでなく、自分が慣れ親しんだ身近なモノたちを「使えるものはないかな」「どう使ってやろうか」という視点で見つめ、そのモノに対して普段と違った見方を創出してほしいし、またアイディアの幅が広がっていく体験もしてほしい。そして思い描いたものをこの世の中に実在させるためには、多くの不測の事態に直面することになるので、それを環境のせいにすることなく、試行錯誤で乗り越える体験をしてほしい。

 

 これらの「発想」と「設計」を往還するフローの中にこそ、コーディングを体験するだけでは得られない、社会を生きる上で必要な学びの体験が無数に散在しているのだと思っています。

 

 

 ちなみに余談ですが、プログラミングの専門家ではないスタッフがワークショップを設計するときも、普通の生活体験をアイディアソースにできるという意味で、気軽に遊び心あるテーマで計画することができ、たとえば「まほうのアクセサリー」や「ハイパーMAMEシューティング(豆まき)」など、タイトルを聞くだけでワクワクしちゃいそうな多彩なワークショップが日々生み出されやすいということも感じています。しかも、それによって一般的にプログラミング講座は男子の参加者が多いとされる中で、参加者全員が女子、なんていうことも当館では珍しくありません。

 

授業者が明確に目的を持ち、いかに視野を広く持てるかによって学習の効果や意義が大きく変わるのは、プログラミング教育においても同様です。

また、学習者が主体的な視点をもって取り組める環境を用意できているのかも効果に大きく影響するでしょう。

 

 

★板橋区立教育科学館の取組みは、板橋区立教育科学館のサイトhttps://www.itbs-sem.jp/でご確認いただけます。

 

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Author:清水輝大(しみずてるひろ)
1983年、北海道生まれ。
板橋区立教育科学館館長、ラーニングデザインファームUSOMUSO代表、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所教育共創ラボ研究員。
青森県立美術館、はこだてみらい館、八戸ポータルミュージアムはっち、ソニー・グローバルエデュケーションなどを経て、現職。
図工美術教育の手法を援用し、創造的なSTEAM教育、プログラミング教育、探究学習などの実践研究を行う。