· 

Phase047:創造のためのテンポ感について考える〜科学館魔改造計画、始動!〜

 

 

ずーっと動かない女の子と、慌てるお父さん

 

 プログラミング講座での出来事です。

 

 MESHを使ってみんなでお化け屋敷を作ってたんですけど、その女の子は、ずーっとずーっと考えてました。

 時間だけが過ぎていき、保護者の方が心配になって「時間ないから、こうしたらいいんじゃない」と伝えたり、僕に「この子いつも自由に発想するの苦手なんです、すいません」とお伝えくださったり。

 

 確かにほとんど何も話さなくて、表情もあまり変わらないし、今何を考えているのか察するのが難しい状態ではありました。

 創作室で素材やプログラミングを少しいじっては、すぐに会場となるとなりの実験室にいき、戻ってきてまた動かなくなる、を繰り返していました。

 そりゃあ、周りはどんどんスピーディーに制作をしていっている状況なので、心配になる保護者の方の心情もお察しします。

 しかし、ワークショップ中に僕が話している時、彼女は誰よりも僕のほうをじっと見て、ずっと目が合っていたので、伝わってる感だけは強く感じていたんです。

 なので、保護者の方に「大丈夫ですよ、全然問題ないです」とだけ伝え、特段なにもしないでいてみました。

 

 結論から言うと彼女は、気づいたら実験室のある一角を占拠するほどのインスタレーションと言えるものを作り上げてしまっていました。

 手のひらサイズの怖いモノを作って置く、という参加者がほとんどの中、彼女だけは空間そのものを作っていました。

 

 企画者の僕としては、今回のお化け屋敷プログラミングでは「空間の特徴を深く理解しながら、プログラミングによって空間を変容させ、新規体験を創出する体験」を意図していました。

 とはいえ、おそらく手のひらの中のモノを視点のスタートとして作る子が多いだろうなあと想像していたので、僕としては、個として制作したモノが集合した瞬間に、空間体験が大きく変容する、ということに気づくきっかけになるといいなくらいに思っていました。

 でも、その意図を、ひとりで満額で汲み取ってくれた彼女には本当に脱帽しました。

 


 

 

創造のためのテンポ感

 

 今回これをきっかけにここで取り上げたいのは、「テンポ感」についてです。

 その軸で今回の特徴を整理すると、

  • まず保護者の方は、ウチの子が制作に取り掛かるテンポが遅すぎるから、とってもドキドキしていらしたのだろうと思います(すっごい気持ちわかる)。
  • 「こうしたらいいんじゃないかな」というあまり魅力的でない(失礼!)大人のアイディアを子どもに伝えてしまう場面もありました。
  • でも彼女自身はそれに呼応することなく、あまり魅力的でない提案に返事もせず(笑)、じっと動かない時間も多くありました。
  • 一方周りの参加者の多くは、テンション高く簡単なものをどんどん作っては「できた!しみてる、みて!」を繰り返しています(これはこれで意図しています)。
  • 結果、彼女の制作に対する視野の広がりは、明らかに他の参加者(大人も含めて)とは異なっていました。そしてそれは後から考えると確かに、無表情ながらも誰よりも創作室と実験室を行き来していた行動にもすでに現れていたように思います。
  • 最初は周りが心配するほどだった彼女は、気づいたら極めて短い時間で大人もあっと驚くようなインスタレーションを完成させました。

 このことを見ていて僕は、指導者側が「この場面はどういうテンポでいくべきか」という軸を持つことがとても大事だと改めて感じました。

 

 たとえば、身の回りに散らばっている発想のきっかけとなるタネは、普段見慣れ過ぎたところにあるのだから、それをあえて見つけていくにはそれなりに時間的余白が必要です。

 また、授業の題材やテーマを、学習者が自分の中に腹落ちさせ、真に納得することも、思考を深めるには必要不可欠であり、当然これにも時間がかかります。

 なので、最近は導入部分に多くの時間を割いて、ゆっくりとしたテンポを心がけています。


 

 

中学生が1年間ひとつの題材に取り組みます

 

 ということで、こんなことをきっかけにして、僕が勤める教育科学館では新たな企画「教育科学館魔改造計画」が始まっています。

これは、去年の夏に当館で開催した企画展「教育科学館遊園地化計画」のシリーズ企画で、学習者が科学館の空間を改造して来館者にも体験してもらおうというもの(2024開催の「教育科学館遊園地化計画」についてはコチラ(その①) コチラ(その②) コチラ(その③) コチラ(その④)から)。

 この度、手を上げてくれたいくつかの学校のうち、板橋区立上板橋第三中学校(上三中)1年生の企画がスタートしました。

 我々が上三中に用意したテーマは「板橋区立中学生パラダイス館」。

 当館の空間を使って、中学生にとっての本気のパラダイスを制作します。

(ただし、「パラダイス」という名前自体が昭和感があって今の中学生っぽくないと突っ込まれたのはご愛嬌。だって僕、昭和だもん。)


 なんとこちらの学校、1学年160人が、このひとつの題材に1年間じっくり取り組みます。

 かなり長期のスパンの中で、中学生たちはいつもの学校の授業とは違うテンポ感で取り組んでくれるのではないでしょうか。

 それがどのような影響を与えるのか、今から楽しみでなりません。

 自分たちで作って、来館者のフィードバックを得つつさらに改善を繰り返し、最後は他の学校の中学生が来たくなるように広報計画までやっちゃいます。

 

 また、この学校の他にも小学校が1校、高校が1校、それぞれプロジェクトをスタート予定。

 小・中・高でどのような展開を見せていくのか!?

 随時こちらでご紹介をしていきますし、ご興味のおありの先生方は、ぜひ当館まで見にいらしてくださいね!

 

 


 

★板橋区立教育科学館の取組みは、板橋区立教育科学館のサイトhttps://www.itbs-sem.jp/でご確認いただけます。

 

Phase046< >Phase048

Author:清水輝大(しみずてるひろ)
1983年、北海道生まれ。
板橋区立教育科学館館長、ラーニングデザインファームUSOMUSO代表、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所教育共創ラボ研究員。
青森県立美術館、はこだてみらい館、八戸ポータルミュージアムはっち、ソニー・グローバルエデュケーションなどを経て、現職。
図工美術教育の手法を援用し、創造的なSTEAM教育、プログラミング教育、探究学習などの実践研究を行う。