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第三回 パブリックアート探訪記 No.01 前橋編(前編)

パブリックアートとは

 

今回はテーマと場所をがらっと変えて、群馬県前橋市の町中にある作品に目を向けてみたい。文字通り「図工のあるまち」の探訪記である。読者の皆さんは「町中の作品」と聞いて何を思い浮かべるだろうか。例えば、駅前や公園に置かれた野外彫刻、芸術祭やアートプロジェクト、あるいは街角のグラフィティを思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれない。公共空間における美術作品は「パブリックアート」などと呼ばれるが、そもそも何を以て「パブリック」と言えるのだろうか。 

 

ちなみに、筆者が大学で担当している「美術史特講」では、芸術と社会の関係を振り返るためにパブリックアートの歴史にスポットを当てることにしている。そこでは、「アート」を「パブリック」たらしめている条件として、公開性や公共性などのキーワードを軸に講じる。とは言え、百聞は一見に如かずということで、授業の一環で実際にまちを歩きながらの野外調査にも取り組む。真夏の太陽が照らす中、ところどころクールスポットをはさみながらのフィールドワークの一端をふりかえる。

 

 


廣瀬智央《空のプロジェクト:遠い空、近い空》(アーツ前橋コミッションワーク)
廣瀬智央《空のプロジェクト:遠い空、近い空》(アーツ前橋コミッションワーク)

アーツ前橋のコミッションワーク

 

学生との集合場所は前橋の中心市街地にあるアーツ前橋 [i]「創造的であること」「みんなで共有すること」「対話的であること」をコンセプトに2013年に開館した新しいタイプの美術館である。かつてのデパートをリノベーションした建築は、それ自体が一種の作品でもある。今回はパブリックアート調査ということで、いつでも見ることができる「コミッションワーク」[ii]に着目した。まずは涼しい館内で学芸員のお話に耳を傾ける。なるほど、作品のメンテナンスも色々と大変らしい。

 

アーツ前橋のコミッションワークは、作品として主張しているというよりも、さりげなく風景の中に溶け込んでいるものが多い。山極満博の《ちいさなおとしもの》は、館外にあるハナミズキの街路樹に引っかかった(ように見える)FRP製の風船だ。日常の一コマを切り取ったような作品は、その背後に物語を彷彿とさせる。また、空を見上げれば、屋上看板には廣瀬智央の《空のプロジェクト:遠い空、近い空》。ミラノ在住の作家と市内の母子生活支援施設の子どもたちが「空の交換日記」を通して撮影した写真が掲げられている。みんなで屋上に上がって間近で鑑賞してみた。「もの」だけではなく、人との関わりが垣間見える点にパブリックアートとしての現代性があらわれている。

 

三谷慎《萩原朔太郎像》1993年
三谷慎《萩原朔太郎像》1993年

前橋文学館の《萩原朔太郎像》へ

 

  コミッションワークの見学を終え、お昼をはさんで市街地に繰り出す。アーツ前橋の角にある交差点にもさっそく具象的な人体彫刻を発見。野外彫刻を見かけたら、まずは周囲を巡って銘板(キャプション)の有無を確認するのが鉄則。この作品の場合、作者名(櫻井水月)、作品名《颯爽》、制作年あるいは設置年(1992)、設置主体(ライオンズクラブ)が明らかになった。設置目的までは読み解くことはできないが、このような地道な調査から地域美術史を紐解いていく。

 

 

このまま二か所目のクールスポットとして前橋文学館[iii]へと向かう。徒歩で約10分の道のりだ。前橋は詩人の萩原朔太郎の出身地でもあり、文学館と川を挟んで向かい側には生家を移築した記念館もある。郷土の偉人をモチーフにした銅像は野外彫刻の定番だが、御多分に洩れず文学館の前にも萩原朔太郎の立像が設置されている。銘板によれば、作者は三谷慎、設置年は1993年とのこと。和服を着てあごに手を当てて物思いにふけっているかのような佇まい。その手には白い花が添えられていた。このように、作者以外の誰かによって季節ごとに彩られる野外彫刻を鑑賞するのも傍系パブリックアート調査の醍醐味である。(後半に続く)

 

 

 

気まぐれ読書案内

 アーツ前橋では、今年の6月から7月にかけて空の看板の作者である廣瀬智央さんの個展「地球はレモンのように青い」が開かれていました。1997年に発表され、今回新たに展示された《レモンプロジェクト03》では、3万個を超えるレモンが展示室の床を埋め尽くし、ギャラリーにはレモンのいい香りが漂っていました。この展覧会に合わせて発行されたコンセプトブック『Satoshi Hirose』はレモンイエローのフェルトケースに入った特製版。素敵な作品をお家でも鑑賞することができます。

 

 

 

 

今回出会ったパブリックアートのある場所
今回出会ったパブリックアートのある場所

           パブリックアート探訪記>No.02 前橋編(後半)

 


[ii] 美術館や自治体、企業などがアーティストに委託して、その場所にあわせて制作したサイト・スペシフィックな作品。金沢21世紀美術館の建築と一体化したレアンドロ・エルリッヒ《スイミング・プール》や新宿アイランドに設置されたロバート・インディアナ《LOVE》など。

[iii]https://www.maebashibungakukan.jp/