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第一回 ありのままに

自分の「すき」、「いい」がたくさん

 

  2年生の女の子、Nさんは、数種類の板段ボールを手にしながらどれを選ぼうか考えています。サイズの違う一つ一つを手に取っては離して見て、中ぐらいのサイズに決めました。缶に入った絵の具コーナーから、「この色がすき」と選んだ水色を自分の机に持ってきました。

 最初のうちは「この色すき」「ローラーにつけてころがしてみよう」「わー水玉がいっぱいふえる」「違う色にしよう」「まざった!」「きれい」など、側にいる友だちに話しながらローラーと絵の具で表すことを楽しんでいましたが、いつの間にか無言で画面に没入していきました。

 

 

 

 

時計では計れない時間 

 

 いろいろな水玉をつくることを楽しんだ画面の上に、今度は小さなローラーで色をぬり重ねています。Nさんは自分が手掛けるほどに変化して生まれてくる色や形に夢中です。私は今近づいてはいけない! 緊張感のある空気を感じました。

しばらくすると「あぁ、どうしよう」とつぶやき、手が止まりました。次々と色を重ねたことで、色が濁ったように感じ、気に入らないのでしょうか。じっと自分の画面を見ています。声をかけようかと思いましたが、ここでは自分で何とかしようと考えているNさんの中に流れている時間を途切れさせないよう、見守ることにしました。

 

 

何事かを起こしていく子ども

 

 じっと自分の画面を見て佇む間に、絵の具が乾きました。おもむろに立ち上がり、ピンク色を持ってきてローラーでぬると、少しほっとした表情に変わりました。そしてローラーは使わずに、筆をまっすぐに立て、穂先から慎重に一滴ずつ絵の具を落としていきました。いろいろな色のしずくが広がったところで、私は「きれいだなぁ」と声をかけると、Nさんは大きくうなずきました。

 その後、私が図工室を一巡りしてNさんのところに戻ると、「はっ」とさせられました。また画面が変化しているのです。さっき全面に散りばめられた色のしずくは、水色のローラーで回りからぬりこめられ、4つの窓のように絶妙な形で残され、表れたのでした。「ふうっ」と息を深くはき、活動を終えました。Nさんが一番最後に選んだ色も水色でした。

 

 

「ありのままに」

 

タイトルは「ありのままに」と付けられました。「どうして?」と尋ねると、「すきな色で、体のままに、思うがままにできたから」と話してくれました。

 子どもは必ず自分で何事かを起こしていける。そう信じて待ち、受け止める他者として私は図工室にいる。Nさんの姿から、子どもが今ここに生きて居ることを実感できる学びを図工室で紡ぐのだという思いを強くしました。

ありのままに 2年生 Nさん
ありのままに 2年生 Nさん
コメント: 16
  • #16

    図工のみかた編集部 (木曜日, 01 10月 2020 09:00)

    いしかわゆか先生

    コメントありがとうございます。

    「欲しくなっちゃう」!
    Nさんも喜ぶお言葉ありがとうございます。

    また、記事からもいろいろとお感じいただきましてありがとうございます。

    「やめないで描いていったら失敗じゃなくなる!」
    子どもの側からそう感じてくれていること、とてもうれしいですね。
    図工では「資質・能力」の発揮を通して、そうした、自分にとっての納得できる答えを探し、つくりだす力というのが育まれているのだと思います。
    是非これからも、子どもたちと素敵な図工の時間をお過ごしください。

    引き続きよろしくお願いいたします。

  • #15

    いしかわゆか (日曜日, 27 9月 2020 10:03)

    Nさんの作品、とっても素敵ですね!!欲しくなっちゃうくらい好きだな〜って言ってしまいそうです。

    陽子先生の授業の様子や空気感が伝わってきて、少しドキッとしました。子どもとの距離感、話しかけるタイミングは大事だなぁと改めて感じ、見直そうと思いました。ありがとうございます。

    私の学校に「失敗したと思っても、やめないで描いていったら失敗じゃなくなる!」と力強く言ってくれた3年生の女の子がいます。周りの子も影響を受けていて、なんてすてきなんだろう!と感動しました。そうやって、勇気をもって自分の好きな感じを追求してほしいです。

  • #14

    図工のみかた編集部 (金曜日, 18 9月 2020 08:39)

    水島尚喜先生

    コメントありがとうございます。
    Nさんの作品をとても丁寧に見ていただき私も自分のことのようにうれしく思います。
    まさしく「許されの場」としての図工室があるからこそ生まれた作品ですね。
    きっとお家で飾ってもらえているんじゃないでしょうか。
    Nさんと保護者の方がこの作品を通してお話ししている様子も想像してみると楽しくなりますね。

  • #13

    水島尚喜 (火曜日, 15 9月 2020 05:57)

    Nさんの作品、素直に「美しい」と感じました。
    支持体や絵の具、用具を試行しながら、柔らかくも緊張感ある画面を生み出していて、難しい背反する内容の統一を見事に成し遂げています。楽しく自己の身体と世界の可能性を開示している姿、思わず抱きしめてあげたくなりますね。それもこれも、図工室が包容力ある空間「許されの場」となっているからではないでしょうか。瀧口修造が嘗て標榜した「造形実験」にも繋がる自律的な主体/精神を感じます。素敵な場所に飾りたい!ですね。。
    連載楽しみにいたしております。大変ありがとうございました。

  • #12

    図工のみかた編集部 (水曜日, 29 7月 2020 09:12)

    s.yukari様

    コメントありがとうございます。

    本当に、私も図工室にいるような気分になりました。絵の具のにおいも感じそうです。

    鈴木先生と子どもたちの距離感、友だちの行為、場の設定、日時、Nさんのその時の気持ちなどいろいろなものが絡み合って、「ありのままに」が生まれたんだと思います。そう思うと、Nさんの「ありのままに」だけでなく、このときの空間全ての「ありのままに」が込められているのかもしれませんね。

    引き続きよろしくお願いいたします。

  • #11

    図工のみかた編集部 (水曜日, 29 7月 2020 09:05)

    映像作家N様
    コメントありがとうございます。

    私もこの作品を見てすごいな、と感じました。何度も色を重ねたり、色をいくつも選んで置いていったりというNさんのこだわりを感じたからです。

    少し前に文部科学省前調査官の岡田京子先生がご講演で、材料や用具に触れながらだんだん表したいことが見つかっていくこともある、といったようなお話をされていました。まさにこの「ありのままに」はそういった過程を経て生みだされたんだと思います。

    子どもの表現したものを見るとき、「何を」だけでなく、「どのように」といった過程、かいたものとかかなかったもの、気持ちの変化など、もっといろいろなことを見て、その子のなるだけ多くを受け止めてあげたいなぁと感じました。

    ぜひ今後ともよろしくお願いします。

  • #10

    s.yukari (月曜日, 27 7月 2020)

    まるで一緒に図工室にいるかのように、子どもと先生の様子がリアルに伝わってきました。水色で表現されたローラーとNさんの気持ちのもようがのびやかで、好きがあふれていて、愛おしい作品だなぁとうっとり見とれてしまいました。また、ようこ先生の言葉、創り出す空気が子どもたちの世界を広く深く、導いているのだと感じました。

  • #9

    映像作家N (日曜日, 26 7月 2020 11:20)

    抽象表現を小学生がここまでできることに驚きです。
    ですが、子どもだからこそ素直にここまで表現できるとも思いました。それにはやはり教える側の眼差しが大切ですね。
    ブログから鈴木先生が、子供たちが表現する様子を見守る温かい眼差しがひしひしと伝わってきました。

    具象が苦手でも、抽象は得意、なんて子がいてもいいですよね。
    現代人の複雑な感情を表現するには、抽象表現はなくてはならないものだと思います。それに、多様な考え方を身につけるためには、抽象表現に早くに触れることが、僕はいいと思っています。
    抽象表現のみならず、現代美術や、現代音楽、コンテンポラリーダンスを、難しいものと捉えて最初から敬遠してしまっている人はまだまだ多いですよね。
    素直に楽しめたらもっと心が豊かになるのにと思います。

    それにしても、今の子たちは恵まれていますね。
    こんな授業を子供のうちに受けられるなんてうらやましいです。

    これからも、ブログ楽しみに読ませていただきます。
    大変でしょうが、全国の先生の見本となるすばらしいレポートなので、
    がんばってください!

  • #8

    図工のみかた編集部 (金曜日, 24 7月 2020 08:22)

    Ayumi S様

    コメント(Nさんへのおはなし)ありがとうございます。鈴木先生からNさんにお伝えいただけると思います。
    仰る通りNさんがよいと感じた好きなものがたくさんかかれていますね。じっくり見ていくと、どのような順番でかいたのかも見えてくるので、その時の気持ちの変化にも思いが広がります。私もNさんに語りかけたくなりました!

  • #7

    図工のみかた編集部 (金曜日, 24 7月 2020 08:17)

    阿部宏行先生

    コメントありがとうございます。
    本当にNさんすてきですね。作品を通して、Nさんとお話ししているような気持になります。
    タイトルからも、この作品にこの時、この瞬間のNさんのすべてがうつされているんだろうなと思います。色や形の重なりのように、奥行きのある作品ですよね。

  • #6

    Ayumi S. (木曜日, 23 7月 2020 14:56)

    Nさんへ。
    ずこうのじかんは Nさんにとって とてもうれしい じかんでしょう。
    Nさんが つくりだした「ありのままに」の さくひんには Nさんの すきなものが たくさん たくさん えがかれていますね。 ちいさな てんてん ちゅうぐらいの てんてん。すうっと まざりあって なかよしになった ふしぎな いろたち。たくさんの とうじょうじんぶつ。おもしろい おはなしが つぎつぎに とびだして きそうですよ。

  • #5

    阿部 宏行 (火曜日, 21 7月 2020 09:13)

    素敵な実践ありがおつございます。そして、すてきな子ども すてきな形と色  題名の「ありのままに」というのもいいですね。

  • #4

    図工のみかた編集部 (火曜日, 21 7月 2020 06:57)

    佐久間様
    コメントありがとうございます。
    私も原稿を拝見して、Nさんの表情を想像しました。記事を読んでから作品を改めて見ると、一つ一つの色や、色を付けたところ/付けなかったところ、ともにNさんの「ありのまま」なんだと感じます。
    子どもの可能性を信じ、価値観を尊重するという姿勢が大切なんでしょうね。

    今後ともよろしくお願いいたします!

  • #3

    図工のみかた編集部 (火曜日, 21 7月 2020 06:52)

    戸川様
    コメントありがとうございます。
    一滴一滴、Nさんは自分がいいなと思う色を選んでいったんでしょうね。
    色を落とした瞬間に画面が色づく様子を見て、Nさんはどんなことを感じたんでしょうか。想像が広がります。
    見守るという子どもとの関わり方もあるんだと気付かされるエピソードですよね。

    今後ともよろしくお願いいたします!

  • #2

    佐久間航 (月曜日, 20 7月 2020 22:27)

    Nさんの作品、とても印象的です。
    すきな色で、体のままに描き、途中、滲んでしまった色も含め、「ありのまま」を肯定的に捉えている、希望に満ちたNさんの表情が目に浮かぶようです。
    また、子どもの可能性を信じ、それを受け止める他者に徹する先生の姿勢は大変勉強になります。
    大人はついつい良かれと思って子どもに声をかけてしまいがちですが、ときにはぐっと堪えて「ありのまま」を受け止めてあげることが大切なのですね。

  • #1

    戸川 晃 (金曜日, 17 7月 2020 22:57)

    慎重に落とした絵の具の一滴一滴がNさんにとって大切なものなのだと感じます。
    そして、その大切な場面を見逃さずにNさんとともに見届ける先生の姿も印象的でした。子どもの見ている世界を大切にできる大人でありたいなと思います。