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Phase033:倫理観と美意識

今回は、ちょっと趣向を変えて私の思い出の話を少々。

思い出なので、画像がないので、皆様方の学校の思い出と重ね合わせたイメージを想像して読んでいただけますと幸いです。 

 

 

校則違反とローファー

 

当時中学生の私には、同じバスケ部の大変仲のよい一つ上の先輩「ヨシ」くんがいました。

彼は私の家に近い港に住む漁師さんの息子で、アシンメトリーに片側だけ伸ばされた前髪だけ金に染め、オーバーサイズの学ランの中には派手な色のプリントTシャツを合わせ(今思うとロックTだったのか?)、ピアスをし、週ごとに色が変わるマニキュアをつけて登校してきていました。

これらは、私が通っていた中学校においては当然のごとくすべて校則違反。

でも、当時生徒会長をしていた私はある日、唯一、彼が校則に則ったものを身に着けていることに気づきました。

 

それは靴。

 

真っ黒なレザーのコインローファーを履いていたのです。

 

当時、ほかの生徒は、爆発的な人気を博していた目立つ色のナイキのランニングスニーカー、エアマックスをこぞって履いていました。

エアマックスは、「派手ではない動きやすい運動靴か革靴」を登下校時に履かなくてはならない校則にあってはギリギリセーフ?っていうかアウトかも?のライン。

ここまで紹介した彼に対するイメージからすると、ヨシも当然のごとくエアマックスを履きそうなものです。

私は、「なんでそこだけマジメなの?」と彼に聞いてみました。

そうすると彼は、ちょうど学校に持ってきていたファッション雑誌(これももちろん校則違反)を僕に見せながら、「わかってねえなあ、まじめとかそういうんじゃないんだよ。このバンドのギタリストみてみ?スーツにはこの靴。この人が履いてる靴はジョージコックスっていうんだ。まだこれは買ってないけど、学ランには絶対エアマックスよりレザーのシューズがかっこいいでしょ」と教えてくれました。

確かに。

 

エアマックスを履くのがこの世のすべての人にとってかっこいいことなんだとすら思っていた私は、その言葉で、「たしかに真っ黒の学ランに、エアマックスだけ派手なのは変かも」と感じ、直後に僕は親に、落ち着いた色味のニューバランスを買ってもらった記憶があります。

 

そんなふうに感心していたのもつかの間、その翌週、ヨシは、エアマックスではなく、これまた当時大人気を博していたナイキのバスケットシューズである、エアジョーダン11ブルズカラー(キラキラしたエナメル素材で黒だけどとっても派手)を履いてきて、「これなら制服に合うからいいんだ」と話していました。

 

 

ルールが追い付かない時代

 

校則や法律、スポーツやゲーム、遊びまで、大小さまざまなルールがこの世には存在します。

 

しかし変化の激しい不確実な時代「VUCAの時代」と言われるようになってから、科学技術の発達のスピードにルールの策定が追い付いていないのではないか、と懸念されることが増えてきたように思えるのもまた事実のように思います。

 

皆さんも、たとえばルールがすでにあるものでも、科学技術の革新やそれに伴う生活スタイルや価値観の変化によって、そのルール自体に正当性を感じなくなったり、違和感を感じる経験をされたことも、一度や二度ではないのではないでしょうか。

 

ルールが不相応になってしまったり、ルールがまだない領域における、個人の所作を司る「倫理観」のようなもの。

ここに、私は、これからの時代を生きる人間としてのアイデンティティが集約されていくのではないかと考えています。

 

 

ルールを守る/守らないという話ではないのかもしれない

 

さて、ヨシの話に戻ります。

 

確かに彼は俗にいう不良で、全然勉強なんてしないから(雑誌をたくさん持ってきていてカバンが重いので教科書を家に置いてきているらしい)下級生の私に数学を教わりに来ていたこともあったし、校舎の裏で喧嘩をしていたのを目の当たりにしたこともあるし、授業をサボってたはずだし、タバコも持ってたような気がするし...重ねて言いますが、わかりやすく、俗にいう不良そのものでありました。

 

しかし、一緒にバスに乗ってバスケ部の遠征に行ったときに、乗ってきたおばあちゃんのグループに気付かなかった私を「ほら早く立てよ!席譲ってやれよ!」と叱るような一面もあったし、当時友だち付き合いで悩んでいた私の話を聞き、原因となっていた相手の同級生を怒鳴りに行ってくれるような優しさもありました。

これらのすべてのヨシの行動は、当然、誰に指示されたものでもないはずです。

そんな彼のスタイルは、ルールを前提にしてそれを打ち破っている、というよりもむしろ、自分のかっこいいと思う生き方に素直だった。

だから、校則の内外なんて関係なく気に入って履いていた彼のローファーは象徴的なものとして私の中に残っているのです。

 

 

この話を通して私が皆様と考えたいのは、人は広い意味での「かっこいい」には従順であるのではないか、ということです。

逆に言えば、すべての条件が整っているにもかかわらず、「かっこ悪い」と思っていることを特別な目的もなく自ら率先してやろうとする人はいないのではないでしょうか。

つまり、ルールが追い付かない中で科学技術を「利用する者」に最も必要なことは、この「かっこいい」/「かっこ悪い」を判断する自分の「美意識」であり、それが倫理観なのではないか、ということです。

 

 

大変長い前振りのようになってしまいましたが、2月17日(土)より板橋区立教育科学館では、「正義の科学/悪の科学」展を開催いたします(※当初は2月10日(土)より開催予定でしたが、2月5日(月)からの関東地方の積雪に伴う影響の為、開幕を延期いたしました。お間違いの無いようにご来館ください)。

 

これは、現在実際に研究されている先端技術を紹介する「正義の科学展」と、悪の組織が科学技術を使って世界征服をもくろんでいる「悪の科学展」を同時に開催する、という方法によって、科学技術の現状と個人の倫理観の関係を考えようとするものです。

 

「正義の科学展」には各研究機関や企業にご協力いただき、「悪の科学展」スペシャルバイザーにはなんと大人気ユーチューバーくられさんが着任されます。

 

皆さんの「美意識」は、この展示をどのように判断されるのでしょうか?

 

ゴールデンウィーク明けまでのロング会期の中で、展示替えや各種イベントを計画中。

ぜひご来館ください!

 

④

 

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Author:清水輝大(しみずてるひろ)
1983年、北海道生まれ。
板橋区立教育科学館館長、ラーニングデザインファームUSOMUSO代表、武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所教育共創ラボ研究員。
青森県立美術館、はこだてみらい館、八戸ポータルミュージアムはっち、ソニー・グローバルエデュケーションなどを経て、現職。
図工美術教育の手法を援用し、創造的なSTEAM教育、プログラミング教育、探究学習などの実践研究を行う。