· 

第四回 パブリックアート探訪記 No.02 前橋編(後編)

岡本太郎《太陽の鐘》
岡本太郎《太陽の鐘》

水と緑と岡本太郎

 

萩原朔太郎像のある前橋文学館は「水と緑と詩のまち」を掲げており、建物のすぐそばには広瀬川が流れている。真夏の炎天下ではあったが、少しでも涼を求めて水の音に耳を傾けながらそぞろ歩く一行。川沿いには萩原朔太郎賞を受賞した谷川俊太郎などの詩碑が設置されていた。彫刻という形は持たないが、これも一種の言葉のモニュメントである。

 

また、広瀬川沿いには近年になって新たなアートスポットが誕生した。ずばり岡本太郎の《太陽の鐘》である。この作品は日本通運が1966年に開設した「日通伊豆富士見ランド」(現在の静岡県伊豆の国市)の山頂に設置されていたという。1970年の《太陽の塔》に先立ち、独特な太陽の顔も見られる。1999年にレジャーランドが閉園してからは、しばらく人目に触れることはなかった。その後、前橋のまちづくりのシンボルとして市に寄贈され、2018年に現在地に設置された[i]。緑の茂る小径を歩けば大きな白い台座から吊り下げられた鐘が顔を覗かせる。頭上には20メートルを超える長い鐘突き棒。周囲から切り離された空間をつくりだす作品のエネルギーを全身で感じ取る。

 


伊藤隆道《登る水》
伊藤隆道《登る水》

アートのある風景

 

しばし鑑賞した後、さらに広瀬川沿いを進む。すると、川の中にらせん状の構造物が組み合わさった噴水のようなものが見えてきた。近づいてみると、すぐそばにキャプションを発見。文字がやや読みにくくなっていたが、作者は伊藤隆道 [ii]、作品名は《登る水(3本のラセン)》、設置年は1980年とある。伊藤氏は日本における「動く彫刻(キネティックアート)」の第一人者。ただ、残念ながら貴重な作品には「補修中」の張り紙が……。学生からの情報によれば、数年前には動いていたらしい。早く修理されて完全な状態に戻ることを期待するが、改めてパブリックアートのメンテナンスの難しさを垣間見た。

 

 

 

 


友愛
友愛

そのまま上毛電気鉄道の中央前橋駅へ。駅前ロータリーには抽象化された人体像のような二体の彫刻が台座の上に立っている。かつて日本各地に設置されていたセメント彫刻のような佇まい。台座には「友愛」の二文字が書かれた概念彫刻 [iii]。裏側にまわって銘板を見ると、前橋中央ライオンズクラブの結成5周年記念であることが分かる。しかし作者は分からず。こうして設置から時間を経たパブリックアートの多くは、しばしば風景の中に溶け込んでいく。

 

 

住谷正巳《風神》
住谷正巳《風神》

サイト・スペシフィックとは

 

だいぶ暑くなってきたので、次なるクールスポットへと足早に向かう。すると、商店街の入り口に金属製のポールが立っていた。標識でも看板でもなさそうなので近くへ寄ってみると、銘板より住谷正巳の《風神》であることが判明した。1989年に前橋銀座二丁目商店街振興組合によって設置されたらしい。その表面は鏡のようにピカピカに磨かれており、一見すると工業製品のようだ。このように思いがけず作品に遭遇できるのもフィールドワークの魅力である。

 

パブリックアートを鑑賞する際には、しばしば「サイト・スペシフィック」であるか否かが語られる。「サイト・スペシフィック(Site-Specific)」とは「場所固有」を意味する用語であり、美術作品とそれが置かれる場所との関係性を批評する際に用いられる。Y字路の分岐点に設置された《風神》は、作品然とすることなく生活の中に自然に紛れ込んでいるという意味において、まさにサイト・スペシフィックであった。

約半日歩いただけでも様々なタイプのパブリックアートを鑑賞することができた。普段何気なく見過ごしているまちの中にも、実はたくさんの作品が隠れているのかもしれない。最後のクールスポットである「スズランデパート」の地下で冷たいスイカジュースを飲みながらそんなことを思い起こす。

 

 

 

 

 

 

 

 

気まぐれ読書案内                                                            

 

アーツ前橋(編)『岡本太郎と『今日の芸術』 絵はすべての人の創るもの』現代企画室、2018

岡本太郎の『今日の芸術』と言えば、1954年に刊行され、何度も新書化や文庫化されたベストセラー。芸術入門として、分かりやすくエネルギーに満ち溢れた言葉で書かれており、筆者も高校生の頃に読んで感銘を受けました。今回の1冊は、2018年から19年にかけてアーツ前橋で開催された展覧会に合わせて出版されたものです。記事で取り上げた《太陽の鐘》についても詳しく紹介されています。 

 No.01(前橋編 前編)<パブリックアート探訪記>No.03(立川編 前編)  

 



[i] 寄贈の経緯などはhttps://www.city.maebashi.gunma.jp/promotion/enjoy/17927.html

[ii] 伊藤隆道についてはhttp://designcommittee.jp/member/ito_takamichi.html

[iii] 抽象的な概念(今回の場合は「友愛」)とともに建てられた彫刻に対して筆者が勝手に名付けた呼称。富山駅前にある《平和群像》なども含まれる。もちろん、ドナルド・ジャッドの「ミニマル・アート」やジョゼフ・コスースの「概念芸術(コンセプチュアルアート)」とは別物である。