版と向き合う長い夜
今回も「小学生ウィーク」の様子をレポート(前回の様子はコチラから→(金ケ崎芸術大学校 第十九回 「小学生ウィーク2024」前半)。前回取り上げた「版画でポスターをつくろう」に参加していた小学3年生の二人組は午後5時から「おとまりの時間」に突入。大学校が拠点とする「旧菅原家(旧狩野家)侍住宅」の「家」としての機能を最大限に生かした宿泊体験型のワークショップである。今年は各日程に応じたミッションを設定した。第一日程となるこの日はずばり版を完成させること。
とは言え、ワークショップの後半には既に別の活動を始めていた二人。おとなしく版画をつくるはずもなく、自由気ままに。それでもここは「小学校」ではないので「早くやりなさい」と指導することはない。その気になるのを待っていたら、気づけばもうすぐ午後9時。さすがに「そろそろやっておこうか」と声を掛けつつ、ようやく取り組み始めるが気もそぞろ。
一緒におとまりしている高校生や大学生にも手伝ってもらいながら少しずつパーツが仕上がってきた。が、完成まではほど遠い。その一方で「花火はやりたい」という主張はしっかり。そこは「やることをやってから」ということで一度突き放してみる。「自由」は担保するが「気まま」はそう簡単に許容するわけにはいかない。
京都からの大学生
次第に夜も更けてきてまぶたも重そうだが「絶対に眠らない」と強がる子どもたち。そうこうしているうちに、時計は午後10時をまわっていた。この日は、「研究の時間」を担当する京都大学の福岡大空さんが最終電車で到着する予定になっていたため、駅までお出迎え。
「なぜにわざわざ京都からはるばる金ケ崎まで?」という当然の疑問にお答えするために、2023年5月まで時間を巻き戻す。そのころ筆者は、徳島県三好市で開催されていた「四国妖怪フェスティバル」に赴き山中で「妖怪採集」に取り組んでいた。すると、その道中で一人の青年に出会う。話を聞けば京都から来た大学生で、ヒッチハイクの最中らしい。農学部に在籍中とのことで、言うなれば「植物採集」の専門家である。
その時はいったんその場で別れたのだが、その日のうちに道の駅大歩危にて再会。河童に騙されて帰れなくなっていたところに声を掛けて、筆者の泊まっていた旅館で一夜を明かすことになった。そこで金ケ崎の話などでひとしきり盛り上がったことから、いつか現地にお招きすることを口約束して翌日にお見送り。
そこから約1年を経て、この度「研究の時間」の講師としての金ケ崎滞在となった。さらにもうお一人、青春18きっぷを使って京都から日本海側経由で金ケ崎に降り立った学生も合流して大学校へ。
版画かおまつりか
おとまりの時間の二日目。近所にある和洋食道Ecruさんのご協力のもと、おいしい朝ごはんでお腹を満たしたら、版の製作を再開。この日は刷りを行う予定だったが、なんだかんだで午前中をかけて版を仕上げることになった。さっそく京都からの大学生にも参加してもらいながら進めていく。
子どもたちはと言えば、夏の日差しに誘われて庭先で昆虫採集。時折家の中に戻っては、つかまえた昆虫と遊んだり、少しだけ版をつくったり。最終的には、大人を中心に版を仕上げていた。そうこうしているうちにお昼の12時をまわり、おとまりの時間は終了。後ほど刷りを行うことにして、いったん解散となった。
この日の夕方には、大学校が所在する城内自治会のお祭りでねぶたをお披露目することになっていた。それに先がけて刷る段取りとしていたものの、時間になっても子どもたちは現れず。どうやら寝不足がたたって爆睡していたようだ。版画家の城山さんとデザイナーの石井さんが先行して進める中、遅れて再登場。一緒にばれんで刷って仕上がりを見届ける。
そろそろ日も暮れてきておまつりの時間。今年の冬に開催された「金ヶ崎要害鬼祭」でつくった地域ねぶたを地元の皆さんにお披露目。城内子供会の子どもたちと大学校に参加している子どもたちが法被を着てねぶたを引いていく。地域に密着した小さなおまつりだが、夏の夜の夢のような濃密な時間であった。
植物を採集して標本をつくる
「小学生ウィーク2024」の4日目は、福岡さんによる研究の時間。侍住宅の敷地内にある植物の標本をつくっていく。まずは庭に出て植物採集。枝切ばさみや剪定鋏を持って家のまわりを探検した。普段はあまり立ち入らない場所にも足を踏み入れつつ、「ここにはこんな植物が」「これはまだとっていない」などと話しながら大きな紙袋に詰め込んでいく。庭木のみならず、いわゆる「雑草」と呼ばれるものまでくまなく調査。
紙袋がいっぱいになったら、家の中で標本づくり。はじめにそれぞれの植物の名前を調べていく。植物研究と言えば牧野富太郎ということで、『牧野日本植物圖説集』を用意したものの、言葉が難しく同定が難航。50種類を超える植物を採集したこともあり、途方もない作業になりそうだ。ついには参加者の保護者が家からたくさんの図鑑を持ってきてくださった。
植物の名前が判明したら、それを記した紙と一緒に新聞紙にはさみ込んでいく。これを重しで圧縮して乾燥させることが植物標本づくりのポイント。乾燥するまで、数日に一度は新聞紙を入れ替える必要がある。高知県立牧野植物園に行った際に、牧野富太郎の部屋に大量の新聞紙があった理由がよく分かる。
標本をつくる
さらに、植物を画用紙に直接貼り付けて、それ以外の部分を色鉛筆などでかきこむ方法を編み出した小学生も。こうすることで、秋に色づく葉や春に見られる赤い実など、季節を超えた表現をすることもできる。これはこれで新しいワークショップになりそうだ。
再び、おとまりの時間
猛暑の中で繰り広げられた「小学生ウィーク2024」のフィナーレを飾るのは期間中2回目となるおとまりの時間。前日から東北地方に台風が接近してきたこともあり、一時は開催も危ぶまれた。が、基本的に町内およびその近隣からの参加であったため、移動の心配もなく予定通りの実施となった。小学3年生から5年生までの7名が古民家での一晩を体験する。
第二日程のミッションは「ねぶたをつくろう」。数日前に城内のおまつりでお披露目した金ケ崎ねぶたをいよいよ仕上げていく。前日から、ねぶた作家の太田空良さんによって木材が組み立てられていた。子どもたちは、台座の部分を着色するなどして絵の具の使い方を確かめた上で、ねぶたの背面の送りに自由に絵をかいていく。
ねぶたをつくる
スイカや花火などの夏休みらしいテーマ、電車や船、動物など思い思いのモチーフが広がっていく。初めて会った子どもたち同士でも、一つのものを共同でつくっていく中で自然に関係性が構築されていく。時間は間もなく午後8時。仕上がったねぶたは縁側から庭に出して夜の闇へ。輝く金ケ崎ねぶたをみんなで担いで向かいの公園をひっそりと練り歩いた。
翌朝、駅の近くのパン屋さんへ向かってお散歩。往復1時間ほどの道のりだ。無事に朝食も調達し、大学校にて一休み。しばし自由時間をはさんで次の活動へ。この日もせっせと新聞紙を取り換える必要があるため、せっかくの機会なので子どもたちにも参加してもらうことにした。部屋一面に新聞紙を広げ、それを眺めながらそれぞれの気になる植物を選ぶ。ここから先は、前日の活動で小学生が編み出した手法を応用し、画用紙に貼り付けて標本をつくっていく。
図鑑で植物の特徴を調べながら、画面上に様々なデータをかきこんでいく。とは言え、名前を調べても分からなかったものには「題名のない笹会」と名付けたり、実際に植物を触った経験から「外がわはつるつるで、内がわはさらさら」と紹介したり、単に図鑑を書き写すだけではなく、まさに芸術大学校らしい標本が仕上がった。
小学生ウィーク2024のその後
こうして第二日程のおとまりの時間の終了とともに、「小学生ウィーク2024」も幕を閉じた。今年も猛暑の厳しい1週間ではあったが、幸いにも深刻な体調不良もなく終えることができた。これはひとえに、大学生や高校生をはじめ、多くのサポーターの尽力による部分が大きい。とりわけ、ワカツキモケイの若月匠さんには、ご自身のワークショップを抱えているにもかかわらず、全日程にわたり多大なるご協力をいただいた。
さらに、植物標本についてはここで終わりではなく、しばらくは新聞紙の入れ替えが必要になる。福岡さんたちに加え、さらにもうお一人、京都から鹿を研究している大学院生も合流し、しばらく金ケ崎に滞在していた。その間、ご近所さんに自転車を借りてまちを巡ったり、おとまりの時間の参加者のご家族と交流したり、大学校を大掃除したり、当地での暮らしを続けていた。大学生活の貴重な時間を金ケ崎芸術大学校で過ごしていただいたことに、改めて感謝申し上げたい。
インフォメーション
城内農民芸術祭2024
テーマ わたくしという現象
会期 2024年10月19日(土)~12月8日(日)
会場 旧菅原家(旧狩野家)侍住宅、旧坂本家侍住宅、和洋食道Ecru、片平丁・旧大沼家侍住宅、かみしもお休み処、りぼん館
お問い合わせ先
金ケ崎芸術大学校
〒029-4503 岩手県胆沢郡金ケ崎町西根表小路9-2
電話:080-7225-1926(担当:市川)
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